緩和ケアへの思い
がん治療と緩和ケアの統合が生活の質を改善させるのみならず治療にも良い影響を及ぼすと言う世界的な報告(Jennifer Temel et al. NEJM;363:733-42)があったのが2010年。全く同時期に現在がん治療の要となりつつある免疫チェックポイント阻害薬の初めての臨床有効性が報告(Robert Thomas et al. NEJM;364:2517-26)されました。奇しくも私はこの前夜に前勤務施設三菱京都病院に入職し、10年間緩和ケアとがん治療の実践と研究において研鑽を積んできました。私の前勤務施設でのハイライトは2018年、世界最大の臨床腫瘍系学会である欧州臨床腫瘍学会(ESMO)からがん治療と緩和ケアの統合を実践した施設に送られる認定を日本で初めて受賞した時でした。しかし、この時同時に入院でがん治療や慢性疾患の治療を続ける不利益と、治療をしながらもできるだけ自らが望む場所で過ごしたいというニーズの高まりが増えてきているのを感じておりました。病院などの施設においては外来通院治療がその手段となりますが、体が動きにくくなっても安心して治療やケアを提供できる体制は必要で、さらにはがん患者さんでなくとも適切なケア提供の必要性を感じるようになり一念発起してこのクリニックを立ち上げた次第です。
昨今ではがん治療期のみならず慢性期疾患治療期において緩和ケアが生活の質改善に良い影響を与える事が分かってきており、積極的治療をしながらも緩和ケアを導入する施設も増えてきていると実感できます。緩和ケアが終末期のみに行うという誤解を受けた時期もありましたが、実は様々な疾患を抱えておられる方の治療と並行しながら生活の質向上のために行う重要かつ必要度の高い医療なのです。緩和ケアは身体的な苦痛を和らげるのみならず、精神的負担や身の回りの生活や仕事、お金の問題など社会的な苦痛、さらにはスピリチュアルな苦痛をも和らげます。
私はとりわけ人間のケアの根本ともいえるスピリチュアルケアを重要視しております。スピリチュアルとはぼんやりとしてわかりにくい言葉ですが、私個人は次世代に繋げて行く文化や個人(故人)の「思い」とか「絆(きずな)」のようなものと解釈しています。とはいえ人生の意味や生活を営む意味は決して人それぞれ共通はでなく、それぞれ多様性があるのが当たり前だと思います。人の命が有限である事や働くことや生きる意味への問いは健康であれば普段意識しないことが多いはずです。近親者や友人が亡くなったり、自分自身が病気になったりする事で初めて意識することが多いのではないでしょうか? スピリチュアルケアとは個人それぞれの「生きること」をどのように全うするか、幸せに生きがいのある人生をどのように送るかに焦点を当て、その方法や対策にはどのようなものがあるのか、死ぬまでにやり残したことはないかを一人でなく一緒に考えることなのだと思います。
因みに私自身の生きる意味や人生の目標とは、自分やスタッフを含む地域の人にケアを通じて、生きがいを感じられる地域社会をつくる事です。即ちこれを満たす事が私自身のスピリチュアルケアとなるという事であるので、地域の方々と一緒に生きがいを感じながら診療を頑張りたいと思います。長文になりましたが、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
理事長 平本秀二